当たり前の努力ができる自分になる!明青学院 塾長ブログ

久喜市で成績アップを目指すならココ!明青学院は中学生対象の高校受験専門塾です。塾での日常の出来事や勉強についてなどを「人に伝える」練習として綴っています。

理由が分かれば苦労はしない

 テストにおいて、できるはずの問題・テスト前にちゃんとできていた問題を間違えた時に「ミスをした」という表現になります。
 
 教師や保護者から「なんでこんなミスをしたの?」とか「ワキが甘いんだよなぁ」などと嫌味を言われることもあるでしょう。下手すると咎められることもあるでしょう。もちろん、自分自身でも「なんでこんなミスをしたのだろう?」と自問自答したり、「ここをミスしなければあと何点取れたのに」とタラレバを考えたりするでしょう。
 
 「なぜミスをするのか?」その理由が分かれば、次回からミスをすることなく、間違いなく得点は上がる訳ですから、理由を探すのは当たり前なのだが、果たして理由があり対応策はあるのだろうか?
 
 その理由は「本気で真剣に解いているつもりでも、十分ではない。」としか言えないではないのでしょうか。
 
 話は少し変わりますが、数十年前、大学生の私は横浜の第三京浜で自動車事故(いわゆるおかまを掘った)を起こしております。走っては止まり、走っては止まりを繰り返す渋滞の真っ只中で、前の車がブレーキを踏んだのに一瞬気づくのが遅れ、おかまを掘りました。
 
 幸いにも相手の方には怪我はなく、ムチウチにもならなかったので良かったのですが、さらに渋滞を激しくしてしまいました(ラジオから渋滞◯㎞と流れてきて、その原因は私だと思ったことを記憶しています)。
 
 事故後、警察の現場検証が行われます。当然、「なんでブレーキを踏むのが遅くなったの?」と問われました。当たり前ですよね。それが事故の原因なのですから。
 
 でも理由が自分でもよくわからなかったのです。
「別によそ見をしていたわけではありません。居眠りをしていた訳でもありません。しっかり前をみて運伝していました。が、意識がそこになかったのだと思います。前をみていたけれども、運転しているという強い意識がなく、なにかをぼーっと考えていたのだと思います。」そんな受け答えをしたことを覚えています。
 
 もちろん「二度と事故を起こさないためにどうすればいいのか?」をその後考えました。
 
 結論は、自動車事故を起こせば、他人の命を奪ってしまうかもしれない。同乗者の命も奪ってしまうかもしれない。自業自得だが自分の命を落とすかもしれない。それを意識の中心に置きながら運転する。ということに落ち着きました。
 
 おかげさまで、そこからシートベルト違反と駐車違反(10時から駐車可能なスペースに9時40分に止めてキップを切られました)以外、事故は起こしておりません。
 
 
 テストでミスをするというのは、これと同じなのではないでしょうか。
 
 設問と対峙しているけど(本気で考えているときはミスしないように解こうなどとは考えません)、設問の意図・何をどのように考えて答えるのか?という意識の柱がない状態で解いているからミスをするのではないでしょうか。
 
 一問ごとに意識の柱をしっかり作ってから解けば、きっとミスはなくなっていくのではないかと思います。抽象的で申し訳ないですが・・・
 
 ただし、テストの時だけやろうとしても無理なので、日頃の問題演習からやっていくことが大切でしょう。
 
 「この問題は〜を問われている」「単元は〜だ」というのを常に意識の柱としておきながら問題を解く練習を続けることで、テストでのミスは減ってくるのではないかと思います。